一坂太郎著『司馬遼太郎が描かなかった幕末 松陰・龍馬・晋作の実像』

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司馬遼太郎氏の作品は、色あせることなく現代でも多くの人々に読まれています。彼の作品には坂本龍馬や吉田松陰、高杉晋作など数々の英雄が描かれています。

しかし、彼の作品はあくまでも小説であり、創作の部分も多いという指摘があります。司馬遼太郎自身の想像や思想が作品にも影響を与えていることも見逃せません。

そんな司馬遼太郎作品での創作について、作中では描かれなかったエピソードを取り上げた著書を見つけたのでその一部を紹介します。

司馬遼太郎が描かなかった幕末 松陰、龍馬、晋作の実像 (集英社新書)

この著書は主に幕末を描いた『竜馬がゆく』『世に棲む日日』に関する評論です。

正直、私自身歴史小説は多く読んでいるのですが、史実に関する知識は乏しいです。ですので、この著書を通して本当の幕末について学んでみました。

 

目次

 

吉田松陰の熱烈な天皇崇拝

吉田松陰は、熱烈なる天皇崇拝者である。父の影響もあり、子供の頃から毎朝神棚を拝んでいたという。

引用元:司馬遼太郎が描かなかった幕末 松陰、龍馬、晋作の実像 (集英社新書)

天皇崇拝の教育がなされていた戦前においては、吉田松陰の名は皇国史観の為政者たちに都合よく利用されていたようです。

吉田松陰はかの有名な「ロシア船密航」を企て江戸から長崎へ向かう途中、京都に立ち寄っています。実は、この京都で松陰に大きな影響を与える出来事があったのです。

吉田松陰と高杉晋作を描いた作品『世に棲む日日』では松陰が京都に立ち寄る場面は描かれていません。しかし、著者の一坂氏は、松陰が京都に立ち寄ったことは大きなターニングポイントであったと書いています。

実は京都に到着した松陰は、鴨川をのずむ地に居を構える勤王派の老詩人簗川星巌を訪ねている。恐らく、佐久間象山の紹介があったのだろう。星巌は松陰に時局多難なおりから、天皇が大変心を痛めているといった話を聞かせる。

引用元:司馬遼太郎が描かなかった幕末 松陰、龍馬、晋作の実像 (集英社新書)

松陰にとって天皇とは「神」のような存在です。その「神」が人間社会を憂えていることに感銘を受けます。それまでの天皇とは違い、孝明天皇は外交問題にも関心が強かったことで知られていますね。そんな孝明天皇に感動した松陰は漢詩の大作を作っています。その漢詩についてはとても長いのでここでは割愛いたします。『鳳闕を拝し奉る』から始まる漢詩で、興味があれば調べてみて下さい。

このエピソードは『世に棲む日日』では描かれていません。

さらに、藩校明倫館の学頭・山県太華と交わした論争において、松陰は「天下は一人の天下なり」と語っているそうです。一人とは「天皇」のこと。天下は天皇のものという意味ですね。

しかし、『世に棲む日日』ではこの言葉は描かれていません。確かに戦後の日本において、「天下は一人の天下なり」はかなり危うい表現です。司馬遼太郎氏がこの部分を描かなかったのはうなずけますね。

 

他にも、

  • 松陰の過激派テロリストとしての側面
  • 松陰は井伊直弼のシンパだった

など、興味深い話もこの本には書かれています。

 

高杉晋作の武勇伝3点セット

『世に棲む日日』には高杉晋作の英雄を強調するための武勇伝がいくつか描かれています。

江戸を離れ、箱根の関所を通過するとき、晋作はまた事件をおこした。宿駕籠で乗り打ちをするという未曽有の事件をおこしてしまったのである。関所役人たちはさわぎ、駆けわめきつつとりおさえようとしたが、晋作は走る駕籠のなかで太刀の鯉口を切り、大声で、

「ここは天下の大道ぞ、幕法こそ私法ぞ、私法をかまえて人の往来を制する無法があってよいか」と、雲助をはげましはげまししてついに関所破りをしてしまった。江戸三百年のあいだ白昼公然と関所をやぶったのは、この男だけである。

引用元:世に棲む日日〈3〉 (文春文庫)

このエピソードには根拠となる史料がある訳ではなく、創作のようです。

他にも、松陰の遺骸を小塚原から移動して改葬する際、将軍しか渡ってはいけない三枚橋の中の橋「御成橋」を渡る場面があります。こちらも創作だそうです。

そして、もう一つ。孝明天皇に随従する徳川家茂を、晋作が仲間たちと参観する場面。

ひとびとはみな土下座して平伏している。が、晋作だけが顔をあげていた。

「いよう。――」

と、この男は、花道の役者に大向かうから声をかけるように叫んだ。

「――征夷大将軍」

といったとき、さすがに連れの山県狂介らも顔色をうしなった。

引用元:世に棲む日日〈3〉 (文春文庫)

幕府の作法では、顔を上げることも将軍の顔をみることも許されません。将軍の前で顔をあげて、「いよう。」「征夷大将軍」なんて言うなんて信じられない行動なのです。

実はこれも創作です。上記の三つのエピソードは晋作の豪胆さを物語る出来事ですが、明治の講談による創作のようです。

追記:ここの部分、司馬遼太郎の創作と間違えて記載していたので訂正いたしました。コメントでの指摘ありがとうございます。

 

一坂氏は、この3つのエピソードを「武勇伝3点セット」と称し批判しています。『世に棲む日日』ではこの出来事が幕府と長州藩の対立の引き金としたため、重要視されています。まるで幕府と長州藩の対立を晋作の行動が招いたように書いているのです。もちろん幕府と長州藩の対立というのは様々な要因が絡んでいますし、晋作の行動はほとんど関係ないと思われます。

 

他にも、高杉晋作が辞世の歌として書いたとされる、

「おもしろき こともなき世を おもしろく」

についても書いていますので、詳しくはこの本を読んでみて下さい。

 

『竜馬がゆく』と坂本龍馬

司馬遼太郎作品の中で最も有名な作品と言えば『竜馬がゆく』で間違いないでしょう。この作品によって、世間の坂本龍馬像が作り上げられたといっても過言ではないと思います。

しかし、司馬遼太郎氏が描いた「坂本竜馬」というのは創作の部分がかなり多いようです。(当記事では「坂本龍馬」で統一します。ただし、司馬遼太郎氏が描いた部分は「坂本竜馬」と記します)

坂本龍馬といえば、のちの「海援隊」となる「亀山社中」ですね。実は「亀山社中」は謎の多い組織のようです。

こんにちでは創設者のように言われる龍馬が、亀山社中の誕生時に長崎に不在だった可能性があるということだ。

引用元:司馬遼太郎が描かなかった幕末 松陰、龍馬、晋作の実像 (集英社新書)

『竜馬がゆく』では竜馬が亀山社中の社長という位置づけになっていますが、実際は坂本龍馬が社長だったというのも怪しいようです。

 

『竜馬がゆく』には竜馬が西郷隆盛に新政権の人事案を見せる場面があります。

西郷は一覧し、それを小松、大久保にまわし、ぜんぶが一読したあと、ふたたびそれを手にとり、熟視した。

(竜馬の名がない)

西郷は、不審におもった。

引用元:竜馬がゆく〈8〉 (文春文庫)

大政奉還の立役者である竜馬は、新政権における重役の座を自ら辞するように描いています。しかし、『司馬遼太郎が描かなかった幕末』ではこのように書かれています。

司馬遼太郎は触れなかったが、龍馬と共に新政権の人事案を練った戸田雅楽の回顧録があり、その「職制案」には「参議」として「坂本(龍馬)」の名が出ている。これは三条実美に仕える戸田が草し、龍馬に示した案だという。「坂本之を見て手を拍つて大いに喜んで曰く、是れ今日行ふべし」とある。

これによれば、龍馬はしっかり新政権の、しかも「参議」という権力の中枢に、西郷や大久保と並んで座るつもりでいたようだ。

引用元:

司馬遼太郎が描かなかった幕末 松陰、龍馬、晋作の実像 (集英社新書)

まあ、そりゃそうですよね。薩長同盟と大政奉還で奮闘したのに、重役の座を辞するなんてしないですよね。司馬遼太郎は竜馬像を潔く描くためにこのような創作を施したのでしょう。

他にも、『竜馬がゆく』では描かれなかった出来事や、史実とは異なる創作部分について詳しく書かれています。坂本龍馬に対するイメージが少しばかり変わってしまいますが、事実を知るには読んで損はないと思います。事実を知らずに手放しで称賛するのもちょっと嫌ですからね。

 

それでも魅力的な司馬遼太郎作品

もちろん、ほとんどの人は創作だと分ってて読んでいるかもしれません。しかし、どの部分が創作で、どの部分が史実なのかを明確にしている人は稀だと思います。私自身もこの『司馬遼太郎が描かなかった幕末』を読むまでは知らないことだらけでした。

司馬遼太郎作品に対して「事実と異なる!」「ここはオカシイ!」というのは野暮なことですが、事実を知っておいて損はないでしょう。

ただ、創作と分かったとしても司馬遼太郎作品の魅力がなくなるとは思いません。司馬遼太郎氏の想像力や人々を惹きつける文章は、やはり非凡な才能ではないでしょうか。

あまりに史実に忠実すぎても小説としては楽しめないですしね。一種のエンターテイメントなのですから。

 

 

今回紹介したのはほんの一部です。気になった方は読んでみて下さい。

もしかしたら、この著書にも間違いがあるのかもしれません。そこまで掘り下げるとなると辛いものがありますが、今後知識を深めて再読してみようかなと思います。

 

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